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神戸地方裁判所 昭和34年(む)6492号 判決

申立人 佐竹弘敏

決  定

(申立人・代理人氏名略)

右申立人に対する刑事訴訟法第一六〇条による過料の裁判事件について、昭和三四年六月一八日神戸地方裁判所裁判官大倉道由がした申立人を過料三、〇〇〇円に処する旨の裁判に対し、同日、右申立人から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

本件準抗告申立の趣旨並びに理由は、別紙申立書及び上申書(昭和三四年七月三日付及び同月二〇日付)記載のとおりである。

よつて本件記録(録音を含む)を検討するに、申立人は、被疑者川口末夫、同小泉哲夫及び同株本健三に対する公務執行妨害及び傷害被疑事件の別紙犯罪事実について、刑事訴訟法第二二三条第一項による取調べのため、昭和三四年六月八日午前一〇時から同日午後二時までの間に灘警察署に出頭を求められたが、これを拒んだので、同年六月一三日神戸地方検察庁検察官佐賀義人から当庁裁判官に対し刑事訴訟法第二二六条による証人尋問の請求がなされたこと及びこれに基き同月一八日当庁裁判官大倉道由は、申立人を証人として尋問するに際し、別紙尋問事項に関する尋問に先だち、申立人と被疑者との親族関係の有無につき尋ねたところ、ただちにこれについての供述を拒否し、同裁判官からかかる事項については証言を拒否する権利のない旨を説示されてはじめて、右関係のない旨を述べ、ついで、証人の職種、勤務時間、点呼に出席の事実、点呼執行者について供述したのち、「その点呼をしている間に点呼を受ける人達が何か騒いだようなことがあつたか」という問に対し、自分にとつて不利益になるおそれがあると述べて証言を拒否し、裁判官から数回にわたり説示されたのち、「騒いだように思はれるが、はつきり分りません」と述べ、「騒いだというのは、どのようなわけで騒いだのか」という問に対し「拒否します」と述べ、「点呼が済むまで証人はその場に居たか又は途中から抜け出したのか」という問に対し「自分に不利益になり、そして罪になると思はれますから拒否します」と述べ、裁判官が刑事訴訟法第一四六条及び同規則第一二二条の趣旨を説明し、証言を拒む事由を示すことを求め、過料の制裁がある旨を告げて証言を命じたにかかわらず、これを拒んだので、同裁判官は、同日「証人として正当な理由がなく証言を拒んだ」として、申立人を過料金三、〇〇〇円に処する旨の裁判をしたことが明らかである。

論旨の第一は、「原決定は、その理由として、正当な理由がなく証言を拒んだ、と記載しただけで、いかなる尋問事項について拒んだかを明示していないから不服申立の書きようがない。原決定は、裁判に理由を附していないから、刑事訴訟法第四四条第一項に違反する」というのである。

原決定の措辞は簡略ではあるが、過料を科する理由として「正当な理由なく証言を拒んだ」という理由を附しているから、刑事訴訟法第四四条第一項に違背して裁判に理由を附しなかつたものとはいえない。もつとも、原決定の理由において、尋問と供述との内容を具体的に明示していないことは所論のとおりであるが、その内容を書いていないからといつて、直ちに違法であるとはいえない。なんとなれば、証人が証言を拒んだ事実と、これを拒む事由を示さなかつた事実とがあるときは、刑事訴訟法第一六〇条の制裁を科することができるのであり、証人が証言を拒む事由を示した場合において、それが正当な理由に当るか否かを判断することになるのであるが、本件においては、後記のように、証人が証言を拒み、かつその事由を示さなかつたのであつて、このことは、当該証人の自ら知悉し、かつ、上訴裁判所が記録によつて知り得るところであるから、問答の内容を明示するまでもなく、原決定の説示するところをもつて、前記法第四四条第一項の要求を充すに足りるといえるのである。

次に、論旨の第二は、「申立人が点呼の際に居たかどうか、途中から出入りしたかどうかという点及び被点呼者が騒いだ理由について証言することによつて、被疑者川口ら三名との共謀関係が認定される蓋然性が濃厚であるから、証言を拒む正当な理由がある」というものである。

刑事訴訟法第一四六条に「自己が刑事訴追を受け又は有罪判決を受ける虞のある証言」とは、その証言の内容自体が、自己に対する公訴提起のための資料となり、又は自己に対する刑事被告事件について有罪判決のための証拠となるおそれのある場合をいうのであり、そして、刑事訴訟規則第一二二条には「証言を拒む者は、これを拒む事由を示さなければならない。証言を拒む者がこれを拒む理由を示さないときは、過料その他の制裁を受けることがある旨を告げ、証言を命じなければならない」と定められているから、前記法第一四六条に該当する実体的な事由がないにかかわらず証言を拒むか、又は、かりに実体的には証言拒否の事由がある場合であつても、裁判所又は裁判官に対し、その事由を示さないで証言を拒み、又は虚偽の事由を示すときにおいては、ひとしく正当な理由がなく証言を拒むものと解しなければならない。本件の犯罪事実、尋問事項及び証人尋問調書をみると、申立人に対する尋問事項は、すべて点呼執行中及びその終了時における一般的かつ客観的状況であつて、その内容自体において、申立人が刑事訴追を受け又は有罪判決を受ける虞がある事項ではないから、証言拒否の実体的事由があるとは認められないのみならず、申立人は、裁判官に対し単に、「自分に不利益になる、罪になると思はれる」と供述するだけで、その事由を示さなかつたので、裁判官が、証言拒否の事由がないものと認め、かつ事由を示さないで証言を拒むときは過料の制裁を受けることがある旨を告げて証言を命じたにかかわらず、依然として証言を拒んだのであるから、申立人は、正当な理由がなく証言を拒んだものといわなければならない。

従つて、原決定が、申立人に対し、刑事訴訟法第一六〇条第一項により過料の制裁を課することとし、その金額を三、〇〇〇円と定めたのは相当であり、本件申立は棄却を免れない。

よつて同法第四三二条、第四二六条第一項に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 山崎薫 田原潔 大石忠生)

犯罪事実

被疑者等は共謀の上、昭和三四年五月一〇日午前八時五七分頃より同九時一三分頃までの間神戸市灘区灘北通所在国鉄東灘駅会議室内及びその南側空地において、同駅助役阿江力(当三九年)が当日の当直助役として勤務者に対する点呼執行を終え、前勤務者からの事務引継等の職務を執行するため助役室に赴くべく会議室より退出せんとするや、同人に対し、かねて同駅構内で発生した列車妨害事件につき警察の捜査に協力したのは誰か、返答せぬ限り退出させぬ等と怒号して立塞り、肘で突上げ手で押返す等の暴行を加え、同人の右職務執行に当りこれを妨害するとともに加療一七日を要する右上膊部打撲傷を負わせたものである。

尋問事項

一、証人は、本年五月一〇日午前八時五〇分からの東灘駅における点呼に出席したか、出席した理由如何。

二、点呼執行中における執行者、立会者、被点呼者の位置、証人の位置如何。

三、点呼執行中における被点呼者の態度、発言の有無。

四、点呼終了時において、本件犯罪事実に該当する事態が発生したか、その目撃状況如何。関係者の氏名、位置、行動、時間等の詳細な状況如何。特に被疑者等の行動について。

五、阿江力の当日の勤務内容を知るや。その具体的内容如何。

六、証人は東灘運輸分会に所属するや、同分会において阿江助役に対し如何なる態度をとつていたか、例えば追放の分会決議をした事実はなかつたか、あればその理由如何。

七、その他右に関連する事項。

準抗告の申立

一、傷害、公務執行妨害被疑事件

被疑者 川口末夫

同   株本健三

同   小泉哲夫

右に関し申立人は昭和三十四年六月十八日神戸地方裁判所裁判官大倉道由係で証人として尋問を受けたがその際正当な理由がなく証言を拒んだという理由で三千円の過料に処せられたが、右裁判は違法なものであるから取消を求めるため準抗告の申立をする。

申立の趣旨

原裁判を取消す。

との裁判を求める。

申立の理由

追而上申書として補足する。

昭和三十四年六月二十一日

西宮市今津曙町一〇ノ二

申立人     佐竹弘敏

神戸市生田区多聞通二丁目九

右代理人弁護士 木下元二

同       荒木宏

神戸地方裁判所

御中

上申書

佐竹弘敏

右の者に対し神戸地方裁判所裁判官大倉道由は証言拒否の制裁として金三千円の過料処分をしたので被処分者は御庁に準抗告の申立をしたが茲に左記のとおり申立を上申する

昭和三十四年七月三日

申立人     佐竹弘敏

右代理人弁護士 木下元二

同       荒木宏

第一、原裁判には理由不備の違法がある

刑事訴訟法第四十四条第一項によれば「裁判には理由を附しなければならない」ことになつている。これは裁判が国民の生活関係に重大な影響を及ぼす裁判所の判断である以上当然のことで、主権者たる国民としては、原則として何等かの不利益を課せられる場合只に判断の結論のみならずその依つて来る所以も併せ知るのでなければ納得することはできず、ひいては基本的人権の尊重、司法権の適正な行使を担保とすることもできない。

殊に上訴制度により不服申立が認められている場合には、申立理由として原裁判の瑕疵を攻撃するためにも明示は不可欠であり、これなくしては、不服申立の制度は攻撃の的を失い有名無実に惰する危険がある。

ところで一般的に言えば裁判とは法規を大前提とし、事実を小前提として導き出される結論であるから、法規面、事実面、両面の根拠を明らかにすべきである。然るに別紙添付書面に明らかなとおり原審裁判官は申立人等を刑事訴訟法第百六十一条一項により証言拒否の制裁として金三千円の過料処分に付したがその理由とするところは「証人として正当な理由がなく証言を拒んだ」というに尽きる。右同条同項には証言拒否に対する過料罰の構成要件として「証人が正当な理由がなく宣誓又は証言を拒んだ時」と規定されており原裁判の理由として挙示するところは前記法文の引き写しにすぎない。証人の尋問事項は各証人毎に異つており特定の証人についても尋問の内容は多岐に亘つている。

証言拒否が単一の尋問についてのみなされた場合でも証人は「法廷に於て尋問をうける」という初めての経験のため異常な心理状態に置かれており、自己が証言を拒否した尋問事項の内容を正確に記憶しているということは必ずしも期待できない。ましてそれが各様の尋問に及んでいる時には尚更のことである。

而も証言拒否の正当性の有無は各尋問事項毎に考えられねばならない。そうだとすれば証言拒否に就き制裁を加える場合にはその拒否が如何なる尋問事項につきなされたかを理由中に明示しなければ、被処分者として納得することができず、殊に不服申立理由の書きようがないのである。斯くては刑訴法第四百二十九条の準抗告の申立権が実質的に剥奪されることになる。

正当性の存在を云為するにも拒否した尋問事項が判明せねば手を施す術もない。証人尋問調書の記録閲覧が許可されれば兎も角、それも認められない以上、申立人としては極めて曖昧な記憶をたよりに原裁判の心証の基礎となりそうな箇所を推測して不服申立理由書を綴るの外なく言うなれば原裁判は暗闇を手探りで進めというに等しい。それと言うのも、理由中に申立人が証言を拒否した尋問事項を明示していないからで、これは先に明らかにしたように、裁判理由として事実面に何等触れるところがないからである。

若し偶々申立人本人若しくは代理人が何かの機会に尋問調書の内容の幾分を知る機会に恵まれたとしてもそれは偶然のことであり常に必ずしもそのようなことを期待することはできないから、事は同断である。

添附別紙の福岡地方裁判所昭和三十三年(む)第八〇四号過料事件準抗告決定の理由中に挙示された原裁判理由中にも拒否した具体的な尋問事項が明記されている。

右の次第で拒否した具体的な尋問事項を事実として記載せず単に刑訴法第百六十条の構成要件を借記したにすぎない原裁判は理由を具備せず、同法第四十四条一項違反の違法な裁判として、取消されるべきものである。 以上

神戸地方裁判所

御中

上申書

佐竹弘敏

右者に対する証言拒否の過料決定準抗告につき左記の通り、申立理由を上申する。

昭和三四年七月二〇日

右申立人代理人 木下元二

神戸地方裁判所刑事部 御中

一、本件証人尋問に於て、証言拒否が如何なる尋問事項につきなされたかは原決定が全くその理由を判示しないので明瞭でないが、大要は昭和三四年五月一〇日午前八時五十分頃、国鉄東灘駅に於ける点呼の際に申立人が居たかどうか、又途中から出入したのかどうか、及び点呼の際に何故騒いだかの三点に尽きるようである。

本件証人尋問は、川口末夫、小泉哲夫、株本健三に対する公務執行妨害傷害被疑事件についてなされたものである。ところで右公務執行妨害傷害被疑事件は別紙起訴状記載の通り、川口、小泉二名についてのみ六月二五日起訴されたのであるが、同事件の実体とこれに対する捜査当局の捜査活動乃至その方針を考察すれば申立人が何故に証言拒否に至つたかの理由が自ら判明するものである。

(一) 公務執行妨害傷害被疑事件の実体

国鉄東灘駅に於て昭和三四年三月一九日から川口末夫、株本健三の逮捕された同年六月四日に至るまで十数回に亘つて車体の自動連結機解錠、ヒジコツク開錠等の所謂列車妨害事件が瀕発したのであるが、同年四月初め頃から東灘駅の職制は、東灘分会組合員の住所氏名、年令等及び各人の勤務表を灘警察署に報告提出し、同署は次々と組合員の出頭を求め列車妨害及び組合の状況等について取調を開始したのである。

右川口、小泉や申立人等が所属する国鉄労働組合東灘運輸分会は昨年警職法反対斗争を契機として、休憩時間の制限、差別昇給等当局側の圧制に対する職場民主化斗争に立上つたところ、これに対し当局側は数次に亘り懲戒処分を以て組合組織の分裂を計つたのである。然しそれは却つて組合員の階級的意識をたかめ、その団結を益々強固にするばかりだつた。かゝる状況下にあつて瀕発した前記列車妨害事件は当局側の極めて悪質な政治的意図による工作であることが判明したのである。例示すれば次の通りである。

(イ) 列車妨害事故が発生する前頃からその周辺に捜査陣が待機し、しかも事故発生するや組合員のみを取調べ、事故現場の捜査をしようとしない。

(ロ) 事故発生が、順法斗争について処分発表のあつた直後や組合役員等が乗車した列車に於て発生する等組合側の工作にみせかける作為がなされるので組合では真相を糾明するべく当局側と共同調査を申入れてもこれに応じない。

(ハ) 事故現場附近で徘徊する浮浪者を組合側が当局に突出したが捜査をしようとしない。

(ニ) 組合側の手によつて現行犯人を取押えたところ、当局側は誤つて解錠したものであるという解し難い確認をして釈放した。

其他列車妨害が当局側の政治的陰謀を推測させる数々の資料が存在するのであるが、警察は組合員のみに対し執拗に取調を開始したのである。

東灘分会の組合員等は国鉄当局と警察権力の協力による妨害事故のでつち上げ、それによる組織分裂工作に対し、任意出頭に応じない態度をもつてのぞんだのである。それは組合員等が現行犯人を逮捕して突出しても捜査をしようとせず、嫌疑を受ける合理的理由が全く存しない組合員等を何故取調べるのか、と言う真摯な組合員等の怒りであり捜査当局に対する不信の表明である。また当局側は劣烈極まる組合分裂策に対して組合の団結を護り抜く最後の抵抗でもあつたわけである。

これに対して警察は非番である組合員宅を次々と訪問して嫌がらせ的半強要的な方法を以て出頭を要求して来たのである。組合員等は警察が必ず非番の組合員宅を狙つて訪問して来る事に不審をもち調査した結果阿江力助役が警察に組合員の状況等を一々通報している事実が判明したのである。要するに阿江等東灘駅の職制は組合の分裂を計るため列車妨害事件をでつち上げて警察権力を介入させる手段を講じたのであり、これが正義と真実を愛する東灘分会員等をして阿江助役を東灘駅から追放しろと言う叫びとなつてあらわれたのである。五月一〇日に於ける公務執行妨害等被疑事件はかかる状況下に於て発生をみたものであり、単に川口等三名と阿江力間の個人的軋轢でない事は勿論であつて、組合の分裂破壊を意図する東灘職制とこれに抵抗する組合員等全員の間に於て生じた斗争である。

(二) 捜査当局は前記五月一〇日の職場斗争について翌六月四日これを川口等三名の共謀による犯罪として同人等を逮捕した。五月一〇日の斗争は職場に於て極めて些細な日常事として問題とされることなく済まされていたのであるが、警察は遂に刑事弾圧を以て組合を一挙に壊滅する為に一ヶ月を経過した六月四日になつて川口等を逮捕したわけである。捜査当局が公務執行妨害等被疑事件を単に川口等個人の犯罪容疑として把えていなかつた事は以上の経緯からして看取出来るところであり、又事件としては極めて軽微であるのに県警本部が直接指揮し、公安事件として警備課が捜査を担当し検察庁に於ても公安部がこれを担当した事実からも東灘分会全体をめざした弾圧である事が明瞭である。又参考人川口等被疑者等の取調に当つて瀕りに五月一〇日前に於ける組合の状況、組合員としての経歴や阿江助役に対する組合員の感想や同人追放を決議した事実の有無を尋問しているのである、

かゝる点から検察庁は公務執行妨害等被疑事件を東灘分会の組合活動を背景とし、その斗争の中から生じたものであること、更に阿江追放問題からして右事件は組合員等殊に五月一〇日出番であつた者等の共謀による犯罪であると言う嫌疑を多分にもつていたわけである。別紙起訴状は川口、小泉、株本等三名の共謀としているが三名が更に四名、五名による共謀として拡大捜査せられる虞は充分にあつたわけであり、

(三) かゝる場合に申立人としては五月一〇日点呼の際に居たかどうか途中から出入りしたかどうか、更に点呼の際に騒いだかどうか、その理由等の尋問事項について証言すればその内容次第によつて共謀関係を認定される危険、従つて訴追を受ける虞が客観的に存するのである。

尤もその証言内容自体によつては申立人自身の犯罪構成要件に該当する事実を直ちに申述する結果とはならないであろうが、少くとも、共謀という一般構成要件事実が他の証拠と相俟つて認定される資料になることは明白である。例えば仮りに被疑者甲若しくは第三者が、甲が乙と共謀したと供述した時、乙は現場に居合せた事実の有無についての尋問を拒否できよう。又甲や第三者の右供述でなかつても乙が共謀した事を推測させる他の資料があつた場合も同様である。然しその場合乙には捜査機関が共謀を推測させる如何なる資料を握つているものか当然判らないわけであるから更に捜査機関が乙について容疑を向けていると考えられる事情がある時には証言を拒否出来ねばならないわけである。

本件に於て川口等三名のみに限らず更に現場に居合せた組合員等の共謀関係について、容疑が向けられ捜査が拡大されるかも知れない事情下にあつた事は前述の通りである。又捜査機関が虚偽の証拠にせよ共謀関係を認定するどの様な資料を蒐集していたかも判らない。かゝる情況下にあつて、申立人が証言拒否をする事は極めて当然である。

刑事訴追を受ける虞ある証言とは、その証言内容自体が自己の犯罪構成要件事実上該当する場合のみならず、少くともこれを推測させるに足る密接な関連事項に及ぶ場合を指すと解されるが、本件についてこれをみるに申立人の証言によつて川口等との共謀関係が認定される蓋然性は極めて濃厚であつたといわねばならない。従つて申立人の本件証言拒否は正しく正当な理由が存在するものであり、原裁判は取消を免れないものと信ずる。 以上

(添付起訴状略)

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